時間の外にいる

「時間を鍛える」のではなく、「時間の外にいることが 僕たちの仕事のように思えた」寺山修司。

俳句もいいけど、短歌もね「短歌その形と心」馬場あき子著

「短歌その形と心」馬場あき子著(日本放送出版協会)を読みました。

何年か前まで題詠blog(2012~2015)に参加させていただいていました。
100のお題で、一年かけて短歌をつくるというものです。
それが何年か前から
ブログから、フェイスブックにい移行され
ちょっと遠ざかっていました。
(参加したかったのですが、、、フェイスブックという壁が・・・)

久々に短歌の本を読むと
俳句以上に奥が深くなかにはこんな感じで
短歌になっているものもありました。
寺山修司の歌です。

村堺の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ   寺山修司


「三句までが俳句的に独立
ひとつの情景が完成してしまっている歌です。
中略
大胆な、しかもゆとりある定型への新趣向といえましょう。」
                         馬場あき子p52



たしかに、こういうの
おもしろいかもしれない。。

俳句と短歌の融合みたいなの。。。

フェイスブック、、、
ちょっと調べてまた題詠blog2017に参加してみようかな・・・
でも、、、、むつかしそうだし・・・
でも、、、、←イマココ



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長寿菌!水キムチ!

先日「その原因Xにあり!」という番組で「長寿菌」というものが
取り上げられていました。
長寿菌というのは、要は、
「大便菌」と「ビフィズス菌」とのことで
これを増やすらしい食べ物として「水キムチ」が
紹介されていました。

作り方は
水 400ccに、塩 小2、上新粉 小1を、
鍋に入れひと煮立ちさせ冷ます。
その中に リンゴ1/2個、ショウガ薄切り5枚、ニンニク薄切り2枚
お酢 大3をいれると、
これが基本の水キムチになるそうです。

それに
漬け込む野菜を400g程度いれ
常温で発酵させてから、冷蔵庫に入れて保存すると出来上がりだそうです。
(詳しくは、クックパドとか、その他のサイトでも特集してあるので
参考にしてください)

というわけで
作ってみました。
漬け込み野菜は、大根とキュウリ。。
ジャジャーン

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普通にお漬物としてもおいしいし
この漬け汁を、そうめんなどにも利用できるということです。

新大久保の大根キムチ色の空   夏井いつきさん
(増殖する俳句歳時記より)

さすが、夏井さん、
面白い句を詠んでいらっしゃいますね。

全然詠めてない今日この頃

俳句ブログのつもりが
あんまり、、というか全然詠めてない今日この頃・・

お料理本を買いに行った本屋さんで
偶然目にした角川俳句5月号。
もうそろそろ、6月号も発売されようとしていますが、、
ああ、、そういえば、、俳句、、、
と思い、手に取ると
俳句手帖と現代俳人名鑑Ⅰの
付録が二冊!
付録に弱い私><
購入させていただきましたとさ。

しかも、来月号も購入必須、、、
現代俳人名鑑Ⅰとあるように
Ⅱが、、、来月だったのです。
今回は「あ」から「こ」までの俳人のみなさまで
「さ」からは次号でした・・・

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帰りに、フードコートでごはん
ファーストキッチンの「アボカドとサーモンのクリームパスタ」
店舗限定で中部地方では ヨシヅヤ名古屋名西(SC)と モレラ岐阜(SC)のみ
ソースも飲めるまろやかさ
手を抜いていないところがイイですね

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そろそろ梅雨になるんでしょうか
まだもう少し
初夏の爽やかな
若緑いっぱいの空気を楽しみたいです。

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(木曽山川公園にて)

われに五月を

目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹  寺山修司
 
 
五月と言えば まず最初に思い出す句です。
また、よほど五月がお好きだったのか
「われに五月を」というタイトルの本も出版されています。
 
 
きらめく季節に
たれがあの帆を歌ったか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ
二十才 僕は五月に誕生した
僕は木の葉をふみ若い樹木たちをよんでみる
いまこそ時 僕は僕の季節の入口で
はにかみながら鳥たちへ
手をあげてみる
二十才 僕は五月に誕生した
(「われに五月を」1957年「五月の詩・序詞」より抜粋しました。)
 
その後、俳句からは距離を置き
歌人、演出家、映画監督、など様々の分野で活躍されました。
 
そして
1983年奇しくも5月4日
47歳で亡くなりました。
 
職業はと聞かれると
こう答えられたそうです。
 
「僕の職業は、寺山修司です」

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ベニスに死す(L・ヴィスコンティ)

「わたしの父の家にも砂時計があった。
砂の落ちる通路(みち )は非常に狭いので、
最初のうちは いつまでも上の砂の量が
減らないようにみえたものだ。

砂が残り少なくなったことに気づくのは
いつも終わりの間際だった。

それまでは誰も殆んど気にしない。
最後まで時間が過ぎて

気づいたときには、
既に全部の砂が落ち切っていた・・・ 」


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先日WOWOWで「ベニスに死す」を
(原題/Morte a Venezia(Death in Venice)/1971/イタリア/フランス)
見ました。
主人公のアッシェンバッハ(ダーク・ボガード)の回想シーンでのセリフです。
老いは取り繕うことができません。
しかも
なお「時」はこれからも止まることはありません


老いを読むミラー硝子の窓辺にて
           閉園の町割れた福助  ゆみこ